日本のニュータウンの傾向

「ニュータウン」の語は、イギリスの大ロンドン計画において、ロンドンを囲むグリーンベルトの外側に建設された都市の呼称に由来する。しかし今日の日本では、元の意味から離れて、都市の郊外に新規に開発される住宅地のことを「ニュータウン」と呼ぶことが多い。他に研究都市や学園都市に類する都市もニュータウンと呼ばれることがある。
戦後の高度経済成長で都市部に人口が集中した。この時代は日本全体が裕福になりつつあり、広い家を望む声が多かったので郊外を順次開拓していったことが始まりである。その後ドーナツ化現象と呼ばれる都心部の人口が郊外に流出する減少が進み、さらに開発が加速して全盛期を迎えた。しかし、90年代初めのバブル崩壊によってその動きは沈静化しつつある。
ニュータウン開発は、地方公共団体・都市再生機構(旧:都市基盤整備公団)などの公的機関によるものと、鉄道会社・不動産会社などの民間企業によるものとがある。また、「研究都市」「学園都市」と呼ばれるものもニュータウンに含まれる。 事業手法は土地区画整理事業・新住宅市街地開発事業などの市街地開発事業によるものが多い。
既存の街並みと異なる場所に多数の人間が住むことから新たな大量輸送機関が新設されることが多い。地方の多くはバス路線であるものの、規模が特に大きい場合は鉄道が敷設され、駅が設置されることがある。
鉄道会社にとってニュータウンアクセス事業への参入は、デベロッパーとして沿線不動産を大規模に取得、開発して付加価値をつけることで大きな利益を挙げることの出来るモデルであると認識されており、大手私鉄を中心に多くの鉄道会社がこの事業に参入している。
大きな問題として住人の高齢化がある。
これは予想以上に住民の入れ替わりが進まなかったことが大きい。初期のニュータウンでは家賃は平均以上の収入をもつ給与所得者を想定した水準に設定され、子育て終了後は居住者が転出することが期待されていた。しかし、日本にあっては持家取得後の居住地の移動は活発でなく、一方で団地を中心とする公共の賃貸住宅は住宅施策上家賃水準が抑えられたため、住民の入れ替わりはさほど進まなかった。このため造成当初に入居した住民の多くは一斉に高齢者となり、住民の高齢化が急速に進展する傾向が強い。この現象をみて造成後時間の経過したニュータウンは「オールドタウン」と揶揄されることもある。また成人した子供の離家に伴い人口減少をみる地区も多くなっている。
問題解決策の1つには、年間に売り出す戸数を制限することで若い人たちがコンスタントに入居できるようにし、住民が一斉に高齢化するのを防ぐ取り組みなどが一部で行われている。
既存の街と離れたところに作られるのが一般的であり、通勤を既存の街に依存していることが一般的である。
このため朝夕のラッシュ時の通勤時間が長く、また鉄道・バスが混雑する傾向にある。また、モータリゼーションの発達した地方は住民の高齢化とともに公共交通機関が貧弱になって行くという問題もある。ニュータウン内を見てみると山林・丘陵地帯を切り開いたところも多く、これらの造成地は坂道や階段が多くバリアフリー上の問題が出ている。
なお、学校については前述の傾向にある通りニュータウン内部に造られることが多く、中学・高校までは近所で済ますことが可能であることが多い。
世帯の独立性を確立しプライバシーを保証する設計であり、また様々な地域から人が集まってくることから、住民相互のつながりが希薄化しており、顔の見えない郊外型犯罪の温床になることもある。対策としては町内会の設置や回覧板の充実などが挙げられる。